言語化
文章を書くことは好きだ。
自分の中で形になっていなかったぼんやりとしか存在しなかったものが目に見える言葉になった瞬間こう……小さく、ハッとする。
自分の中の感情、根源?思想?なんて大したものは入ってないと思うんだけど、今まで脳内で曖昧なままだったモノたちが、とってもとっても細かい一つ一つの事象(つまりその瞬間自分が文章にした箇所)に対して白黒はっきりつく気がするのだ。
間違ってるのかもしれないが、高校時代のとき現代文の先生が話してくれた構造主義の話に似てる気がする。
ソシュールさん?だったっけ。
言葉ができて初めて存在しなかったものがうまれるみたいな……。
海外では虹は7色じゃなくて3色だったりもう少し分類が細かかったりするらしいけど、
その区別する色に例えば「紫」と名付けることで紫という概念を認識できるようになる……みたいなやつがあった気がした。
色が何色と捉えるかはその色に名付け、言語化して区別してるから……
そこに存在はするけど、言語化して生まれたみたいな……。
あれ、ソシュールは「そこに存在はするけど」の部分すら否定してたっけ?あとで検索して確認できるかな。
あと脳科学の茂木先生が言ってたクオリア。これは言語化しなくても存在はすると思うんだけど言語化して初めて生まれるクオリアもあると思う。
そのクオリアって言うのがソシュールが言おうとしてた「言語化して初めて存在する」ってことなんじゃないかなってずーっと思ってるんだけどどうなんだろう。
そもそも大学すら行ってないし、高校の課題で新書読んだ程度の人間の考察に整合性もないのかもしれないけど、正しいことを探すというのは楽しいものだ